エンレストの調剤で本当に見るべき9点|36時間ルールは双方向、BNP上昇は悪化とは限らない

エンレストの調剤で本当に見るべき9点 36時間ルールは双方向、BNP上昇は悪化とは限らない 医薬品
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執筆:Nori(薬Talk編集長・薬剤師)/調剤薬局勤務26年。管理薬剤師を経て、現在はチェーン薬局の本社部門で店舗運営支援を担当しています。

エンレスト(サクビトリルバルサルタン)は、心不全にも高血圧にも使われるようになり、薬局で見る機会が確実に増えました。

ところが調剤時に本当に確認すべき点は、意外と共有されていません。

「36時間ルール」は知られていますが、それが双方向だと知っている薬剤師はどれくらいいるでしょうか。BNPが上がっていたとき、悪化なのか薬の作用なのか判断できるでしょうか。ARBから切り替わったとき、バルサルタンの量がどう変わったか答えられるでしょうか。

添付文書と適正使用ガイド、そして日本心不全学会のステートメントから、調剤室で使える形に整理します。

36時間ルールは「行き」も「帰り」もある

禁忌にこう書かれています。

   アンジオテンシン変換酵素阻害薬(アラセプリル、イミダプリル塩酸塩、エナラプリルマレイン酸塩、カプトプリル、キナプリル塩酸塩、シラザプリル水和物、テモカプリル塩酸塩、デラプリル塩酸塩、トランドラプリル、ベナゼプリル塩酸塩、ペリンドプリルエルブミン、リシノプリル水和物)を投与中の患者、あるいは投与中止から36時間以内の患者

ここまではよく知られています。問題は適正使用ガイドの次の一文です。

   血管性浮腫があらわれるおそれがあるため、エンレスト投与前にACE阻害薬が投与されている場合は、少なくともエンレスト投与開始36時間前に中止してください。また、エンレスト投与終了後にACE阻害薬を投与する場合は、エンレストの最終投与から36時間後までは投与しないでください。

戻すときも36時間空ける。

エンレストが効果不十分だった、血圧が下がりすぎた、費用の問題で中止した——エンレストからACE阻害薬に戻すケースは実際にあります。このとき翌日からエナラプリルが始まっていたら、疑義照会の対象です。

処方箋を見て確認すべきなのは「開始日」です。エンレストの最終服用日と、ACE阻害薬の開始日。ここが36時間空いているか。

なお、ARBは禁忌ではありません(併用注意)。切替時のウォッシュアウトも規定されていません。36時間ルールはACE阻害薬に対するものだと押さえてください。

ARBから切り替わったとき、バルサルタンは何mgになったか

これは薬剤師しか気づけない部分です。

エンレストはサクビトリルとバルサルタンに解離して作用する薬剤です。適正使用ガイドに、含有量が明記されています。

製剤バルサルタン相当量
エンレスト錠100mg51.4mg
エンレスト錠200mg102.8mg

バルサルタン(ディオバン等)の承認用法・用量は「通常、成人にはバルサルタンとして40〜80mgを1日1回経口投与する。なお、年齢、症状に応じて適宜増減するが、1日160mgまで増量できる」です。

つまり——

  • バルサルタン80mgからエンレスト200mg(1日1回)へ→ バルサルタン相当量は102.8mgに増える
  • バルサルタン160mgからエンレスト200mg(1日1回)へ→ バルサルタン相当量は減るが、ネプリライシン阻害が加わる

「同じ量」ではありません。だからこそ添付文書は、こう注意しています。

7.5  本剤はサクビトリル及びバルサルタンに解離して作用する薬剤であるため、本邦のバルサルタンの承認用法及び用量での降圧効果、本剤の降圧効果を理解した上で、患者の状態、他の降圧薬による治療状況等を考慮し、本剤適用の可否を慎重に判断するとともに、既存治療の有無によらず1回100mgを1日1回からの開始も考慮すること。

高血圧症の通常開始用量は200mg 1日1回ですが、100mgからの開始も選択肢として明記されています。高齢者や低血圧傾向の患者で200mgスタートになっていたら、確認する価値があります。

用量:心不全と高血圧でまったく違う

回数が違うので、取り違えると気づけます。逆に言えば、気づかなければ大事故になります。

慢性心不全高血圧症
回数1日2回1日1回
開始1回50mg1回200mg(100mgからの開始も考慮)
増量2〜4週間の間隔で段階的に年齢・症状により適宜増減
上限1回200mg(1日400mg)1回400mg(1日400mg)
規格50mg・100mg・200mg100mg・200mgのみ

エンレスト錠50mgに高血圧症の適応はありません。50mgが1日1回で出ていたら、用法か適応のどちらかを確認してください。

そして両方持っている患者さんの扱いも明記されています。

   慢性心不全を合併する高血圧症患者では、原則として慢性心不全の用法及び用量に従うこととするが、慢性心不全の発症に先んじて高血圧症の治療目的で本剤を使用している場合等は、患者の状態に応じて適切に用法及び用量を選択すること。

心不全があるなら1日2回が原則。ただし高血圧で先に使っていた場合は例外があります。「1日1回だからおかしい」と即断せず、経緯を確認してください。

心不全では「切り替えて」投与する

効能・効果に関連する注意の5.1です。

   本剤は、アンジオテンシン変換酵素阻害薬又はアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬から切り替えて投与すること。

成人の慢性心不全では、ACE阻害薬かARBを使っていた患者から切り替えるのが前提です。いきなりエンレストから始める薬ではありません。

したがって、初回調剤時に確認すべきは「前は何を飲んでいたか」です。

  • ACE阻害薬だった→ 中止から36時間空いているか
  • ARBだった→ 併用が残っていないか(ARBとの併用は避ける)
  • どちらでもない→ 経緯を確認する

お薬手帳の前回分を見れば分かります。電子処方箋や電子お薬手帳が入っていれば、より確実です。

高血圧では原則、第一選択にしない

   過度な血圧低下のおそれ等があり、原則として本剤を高血圧治療の第一選択薬としないこと。

ただし例外が具体的に挙げられています。「原則」の中身を知っておくと、疑義照会の質が変わります。

  • 24時間にわたる降圧が求められる non-dipper型の高血圧症患者
  • 利尿作用を有する薬剤の投与が適切と考えられる減塩困難な高血圧症患者
  • 心疾患を有する高血圧症患者

そのうえで、「既存の降圧薬単剤の投与開始よりも本剤の投与開始が適切と判断される場合に限り」投与するとされています。

降圧薬未治療の患者にいきなりエンレストが出た場合、「なぜこの患者に第一選択なのか」を確認する根拠がここにあります。

BNPが上がっていたら、悪化とは限らない

ここが最も誤解されやすいところです。

サクビトリルはネプリライシンを阻害します。ネプリライシンはナトリウム利尿ペプチドを分解する酵素ですから、阻害すればBNPの分解も抑えられ、内因性のBNPが上がります。

日本心不全学会「血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版」(2023年10月17日)は、次のように整理しています。

  • ARNI導入初期(投与開始から8〜10週目まで)は、内因性BNPが一時的に上昇するためBNP値の解釈に注意が必要
  • 8〜10週を経過した以降は、BNP・NT-proBNPの上昇はいずれも予後不良と関連しており、慢性期管理においてはともに有用

「ARNI中はBNPは使えない」ではありません。使えないのは導入初期の約2か月間で、そこを過ぎれば指標として機能します。

薬局での意味はこうです。エンレスト開始から2か月以内の患者さんが「BNPが上がっていた」と不安を口にしたとき、その不安を軽くできます。

   「このお薬は、BNPという数値をあえて上げる仕組みが入っているんです。始めて2か月くらいは数字が上がることがあって、それ自体は悪化のサインではありません。むしろ心臓を助けるほうに働いています。息切れやむくみのほうが大事なので、そちらを教えてください」

ただし「大丈夫です」と言い切らないこと。実際に悪化している可能性もあります。症状を聞き取り、必要なら受診をすすめるのが正しい落としどころです。

血管性浮腫は「顔と喉」だけではない

適正使用ガイドの記載です。

   エンレストのネプリライシン阻害作用により、ブラジキニンの分解が阻害され、血管性浮腫が発現する可能性があります。(中略)
舌、声門、喉頭の腫脹等を症状として、気道閉塞につながる血管性浮腫があらわれることがあります。(中略)血管性浮腫が消失しても再投与しないでください。
腹痛、嘔気、嘔吐、下痢等を伴う腸管血管性浮腫があらわれることがあります。

腸管血管性浮腫——これを知らないと、服薬指導で拾えません。

患者さんが「お腹が痛くて吐き気がする」と言ったとき、多くの薬剤師は消化器症状の副作用として処理します。しかしエンレストでは、それが血管性浮腫の一型である可能性があります。

そして血管性浮腫が疑われたら、消失しても再投与はしません。「治ったからまた飲んでみましょう」は禁物です。

初回に伝えること

   「まれですが、唇や舌、のどが腫れることがあります。息がしにくいと感じたら、すぐに受診してください。それから、強い腹痛や吐き気、下痢が出た場合も、このお薬が原因のことがあります。我慢せずに連絡してください」

ACE阻害薬・ARBによる血管性浮腫の既往がある患者は禁忌です。遺伝性・後天性・特発性の血管性浮腫も同様。初回調剤時に既往を確認してください。

腎機能とカリウム

適正使用ガイドは、eGFRの区分ごとに注意を分けています。

腎機能注意
eGFR 30以上90未満(軽度〜中等度)血中濃度が上昇するおそれ。血清カリウム値・腎機能を十分に観察
eGFR 30未満(重度)投与の可否を慎重に判断。投与時は低用量からの開始を考慮
血液透析中血中濃度上昇や急激な血圧低下(失神・意識消失を伴う)のおそれ。臨床試験では除外

透析患者について、もうひとつ重要な記載があります。

   sacubitrilat及びバルサルタンは血漿蛋白との結合率が高く、血液透析によって除去できないためご注意ください。

過量投与時に透析で抜けないということです。透析患者への投与自体が慎重判断ですが、この点は押さえておく価値があります。

そして併用薬。カリウム保持性利尿薬(スピロノラクトン等)との併用は、心不全治療では日常的です。RAA系抑制作用と重なるため、高カリウム血症のリスクが上がります。

NSAIDsの併用も要注意です。「腰が痛いのでロキソニンを買いたい」への対応が、この薬では重みを持ちます。

調剤時チェックリスト

  • ◻️ ACE阻害薬が併用または直前に処方されていないか(中止から36時間)
  • ◻️ エンレストからACE阻害薬へ戻る処方で、36時間空いているか
  • ◻️ ARBが残っていないか(併用は避ける)
  • ◻️ 血管性浮腫の既往を確認した(ACE阻害薬・ARBによるものを含む)
  • ◻️ アリスキレン併用の糖尿病患者でないか
  • ◻️ 妊娠の可能性を確認した
  • ◻️ 重度の肝機能障害(Child-Pugh C)でないか
  • ◻️ 用法が適応と合っているか(心不全=1日2回/高血圧=1日1回)
  • ◻️ 50mg錠が高血圧の用法で出ていないか(50mgに高血圧の適応はない)
  • ◻️ 心不全での増量間隔が2〜4週間以上あるか
  • ◻️ 前治療(ACE阻害薬/ARB)をお薬手帳で確認した
  • ◻️ カリウム保持性利尿薬・NSAIDsの併用を確認した
  • ◻️ 腎機能・カリウム値を確認した(分かる場合)
  • ◻️ 初回に血管性浮腫(喉・腹部の両方)を説明した
  • ◻️ 初回にふらつき・低血圧を説明した
  • ◻️ 開始2か月以内ならBNP上昇は薬の作用でも起こると説明できる

まとめ

  • 36時間ルールは双方向。エンレストからACE阻害薬に戻すときも36時間空ける
  • ARBは禁忌ではなく併用注意。36時間ルールはACE阻害薬に対するもの
  • エンレスト100mg=バルサルタン51.4mg、200mg=102.8mg相当。切替で用量が変わる
  • 用法は心不全=1日2回/高血圧=1日1回。50mg錠に高血圧の適応はない
  • 慢性心不全ではACE阻害薬またはARBから切り替えて投与する
  • 高血圧では原則として第一選択にしない(例外3類型あり)
  • BNPは導入から8〜10週まで解釈に注意。それ以降はBNP・NT-proBNPともに有用
  • 血管性浮腫には腸管型(腹痛・嘔気・嘔吐・下痢)もある。消失しても再投与しない
  • 透析では除去できない。カリウム保持性利尿薬・NSAIDs併用に注意

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出典

※ 本記事は2026年8月時点の電子添文・資材に基づきます。用量調整や検査値の解釈は個々の患者の状態により異なります。処方内容の判断は処方医と協議のうえ行ってください。

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