「保冷剤なしで持って帰っても大丈夫ですか」
本サイトは、薬剤師をはじめとする医療従事者向けの情報提供サイトです。記載内容は告示・通知・添付文書などの原文を確認したうえでまとめています。一般の方が医薬品の使用を判断される際は、必ず医師・薬剤師にご相談ください。
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冷所の注射薬を渡すとき、たまに聞かれます。メーカーに問い合わせても「添付文書に記載のとおりです」「判断は先生方で」としか返ってこない。それで何となく「保冷剤を入れておきますね」で済ませていないでしょうか。
実は答えが添付文書に書いてある製剤があります。しかも、はっきりした数字で。

先に結論
- ◻️ 製剤によって答えが違います。「冷所の注射薬」でひとくくりにはできません
- ◻️ 根拠は添付文書の「20. 取扱い上の注意」。ここに室温の温度と日数が書かれている製剤があります
- ◻️ マンジャロは30℃以下で21日、デュピクセントは25℃以下で14日——未開封のまま室温に出せます
- ◻️ オゼンピック・インスリンの「室温8週間」は使用開始後の話です。持ち帰りの根拠にはなりません
- ◻️ ヒュミラには室温の記載がありません。この場合は貯法の2〜8℃を守る=保冷が要ります
- ◻️ 「何分まで」に答えはありません。添付文書にあるのは温度と日数だけです
まず「冷所」と「2〜8℃」は別のものです
ここを混ぜると話がずれます。日本薬局方の通則には、こう書かれています。
試験又は貯蔵に用いる温度は、原則として、具体的な数値で記載する。ただし、以下の記述を用いることができる。
標準温度は20℃、常温は15〜25℃、室温は1〜30℃、微温は30〜40℃とする。冷所は、別に規定するもののほか、1〜15℃の場所とする。
局方の「冷所」は1〜15℃です。ところが今回見た注射薬の貯法は、どれも「2〜8℃」と数字で書かれています。
これは通則16の書き出し——「原則として、具体的な数値で記載する」——のとおりで、数値が書いてあればそれが正本です。「冷所だから15℃までいける」という読み方はできません。2〜8℃と書いてある製剤は、2〜8℃です。
室温・常温・冷所の定義そのものは室温保存は1〜30℃ですに書きました。ここから先は、その2〜8℃の薬を、どこまで外に出していいかの話です。
添付文書の「20.」を5剤ぶん並べます
どれも貯法は2〜8℃です。違うのは「20. 取扱い上の注意」のほうでした。
| 製剤 | 貯法 | 室温に出せるか(20. の記載) |
|---|---|---|
| マンジャロ皮下注 アテオス | 凍結を避け、2〜8℃で保存 | 30℃を超えない場所・外箱のまま 21日以内 |
| デュピクセント 皮下注 | 凍結を避け、2〜8℃にて保存 | 外箱に入れたまま25℃以下 14日以内 |
| オゼンピック 皮下注2mg | 凍結を避け、2〜8℃に保存 | 使用開始後は遮光・室温 8週間以内 |
| トレシーバ注 ペンフィル | 凍結を避け、2〜8℃に保存 | 使用中は冷蔵庫に入れず室温 8週間以内 |
| ヒュミラ皮下注 | 2〜8℃で保存 | 室温の記載なし (外箱開封後は遮光して保存) |
原文を見ておきます。ここが判断の根拠になるので、そのまま引用します。
20.2 室温で保存する場合は、30℃を超えない場所で外箱から出さずに保存し、21日以内に使用すること。
20.1 凍結を避け、2〜8℃で遮光保存すること。凍結した場合は、使用しないこと。
20.1 冷蔵庫から取り出した後は、外箱に入れたまま25℃以下で保存し、14日以内に使用すること。
20.2 外箱開封後は遮光して保存すること。
使用開始後は遮光にて室温(冷蔵庫(2〜8℃)も含む)に保管し、8週間以内に使用すること。
使用中は冷蔵庫に入れず、キャップ等により遮光して室温に保管し、8週間以内に使用すること。残った場合は廃棄すること。
外箱開封後は遮光して保存すること。
——以上です。室温に関する記載はありません。
3つに分かれます。ここが分岐点です
① 未開封のまま室温に出せる(期間が明記されている)
マンジャロ(30℃以下・21日)とデュピクセント(25℃以下・14日)です。「使用開始後」といった条件が付いていません。冷蔵庫から出した状態で、その温度・その日数まで持つと読めます。
どちらも「外箱から出さずに」「外箱に入れたまま」が条件です。遮光のためなので、ここは外せません。
② 室温に出せるのは「使用開始後」だけ
オゼンピックとインスリンがこちらです。「8週間も室温でいける薬」という印象を持たれがちですが、主語が違います。
オゼンピックは「使用開始後は」、トレシーバは「使用中は」。未開封の新品には、この文はかかりません。未開封の貯法は2〜8℃のままです。
つまり薬局から持ち帰る場面は、まさにこの「未開封」です。「使用開始後8週間OK」を根拠に「じゃあ持ち帰りも平気」とは言えません。
③ 室温の記載がない
ヒュミラです。20. にあるのは「外箱開封後は遮光して保存すること」だけ。何℃で何日という許容が、添付文書に存在しません。
この場合、根拠にできるのは貯法の2〜8℃だけです。保冷して渡す以外に、添付文書上の根拠がありません。
「何分までなら大丈夫か」に答えがない理由
ここまで見て気づくことがあります。どの添付文書にも「分」も「時間」も出てきません。
書いてあるのは温度と日数だけです。30℃以下で21日、25℃以下で14日、室温で8週間。
「30分ならいい、1時間はダメ」という線は、どこにも引かれていません。引かれているのは温度の線です。
だから薬局が答えるべきは「何分まで」ではなく、「何℃を超えないか」になります。
逆に言えば、温度さえ枠の中なら、持ち帰りの30分や1時間は21日・14日という枠から見て誤差です。問題は時間ではありません。
枠を外すのは、たいてい場所のほうです。
- ◻️ 真夏の車内・ダッシュボード——30℃も25℃も簡単に超えます
- ◻️ 直射日光の当たる自転車のカゴ——「本剤を温めたり、直射日光に晒さないこと」に反します
- ◻️ 帰りに寄り道——買い物カートや店内より、外気と車内が問題になります
「まっすぐ帰って冷蔵庫へ」が成り立つなら、マンジャロとデュピクセントは保冷剤なしで問題ありません。寄り道するなら、時間ではなく置き場所の温度を聞くべきです。
なぜメーカーは「添付文書のとおり」としか言わないのか
意地悪をしているわけではありません。それ以上のことを言えないからです。
安定性のデータ自体は存在します。インタビューフォームに載っています。ヒュミラのものを見てみます。
| 保存条件 | 保存期間 | 結果 |
|---|---|---|
| 5℃ 遮光 | 36ヵ月 | リジン変異体の減少傾向及び単量体の減少傾向を認めたが、ごくわずかであった |
| 25℃/60%RH 遮光 | 6ヵ月 | リジン変異体の減少及び単量体の減少を認めた |
| 40℃/75%RH 遮光 | 6ヵ月 | リジン変異体の減少及び単量体の減少を認めた |
25℃で6ヵ月置いたデータが、ちゃんとあります。それでも添付文書には「25℃で○日いい」と書かれていません。
安定性試験は「その条件で試験したら、こういう変化があった」という記録です。「その条件で使ってよい」という承認ではありません。
承認されているのは、貯法と「20. 取扱い上の注意」に書かれた条件だけ。それを超える使い方をメーカーが勧めれば、承認された範囲外の情報提供になります。
だから「添付文書のとおりです」「判断は先生方で」になります。言わないのではなく、言えない。そう理解しておくと、問い合わせの時間が減ります。
そして薬局側も同じ線を引くべきです。インタビューフォームの安定性試験は、患者さんへの説明の根拠にはしない。「25℃で6ヵ月のデータがあるから大丈夫ですよ」は、承認された保存条件を超える案内になります。
保冷剤は、入れれば安全とはかぎりません
ここは逆方向の話です。マンジャロの20.1にこう書かれていました。
凍結を避け、2〜8℃で遮光保存すること。凍結した場合は、使用しないこと。
凍ったら終わりです。解凍して戻る薬ではありません。タンパク製剤なので当然といえば当然ですが、ここが保冷剤の落とし穴になります。
保冷剤に直接あたる面は0℃近くまで下がります。2〜8℃どころではありません。短時間でも接触部が凍ることがあります。
① 保冷剤は製剤に直接あてない。間に紙や緩衝材を1枚入れる
② 外箱に入れたまま保冷バッグへ(遮光の条件でもある)
③ 室温許容のある製剤で、まっすぐ帰るなら保冷剤なしのほうが安全な場面もある
「とりあえず保冷剤」は、上限を守ろうとして下限を割るやり方です。冷所品の貯法は2〜8℃で、下にも線があります。
渡すときに確認すること
① その製剤の添付文書「20. 取扱い上の注意」に室温の記載があるか
② あるなら、それは「使用開始後」限定か、未開封でも適用されるか
③ 患者さんに聞くのは所要時間ではなく「このあと寄り道しますか」「車で来られましたか」
④ 記載がない製剤・夏場・車移動なら保冷。ただし直接あてない
①はPMDAの医療用医薬品情報検索で確認できます。製品名で検索して添付文書を開き、下のほうの「20.」を見るだけです。1分もかかりません。
よく出る製剤はあらかじめ調べて一覧にしておくのが現実的です。聞かれてから調べるのでは間に合いません。
まとめ
- ◻️ 答えは添付文書の「20. 取扱い上の注意」にある。貯法だけ見ていると分からない
- ◻️ マンジャロ:30℃以下・外箱のまま・21日以内/デュピクセント:25℃以下・外箱のまま・14日以内
- ◻️ オゼンピック・インスリンの「室温8週間」は使用開始後。未開封の持ち帰りには使えない
- ◻️ ヒュミラは室温の記載なし。貯法2〜8℃を守るしかない
- ◻️ 「何分まで」は添付文書に存在しない。線は温度に引かれている
- ◻️ メーカーが答えないのは、安定性試験データ=承認された保存条件ではないから
- ◻️ 凍結したら使用不可。保冷剤を直接あてない
- ◻️ 局方の「冷所」は1〜15℃だが、数値で書いてあればその数値が正本(通則16)
「保冷剤なしで大丈夫ですか」に、製剤名を聞いてから答える。それだけで、この質問は怖くなくなります。
参考にした一次資料
- マンジャロ皮下注アテオス 添付文書(2026年9月改訂 第11版)20. 取扱い上の注意
- デュピクセント皮下注 添付文書(2026年3月改訂 第14版)20. 取扱い上の注意
- オゼンピック皮下注2mg 添付文書(2026年5月改訂 第6版)20. 取扱い上の注意
- トレシーバ注ペンフィル 添付文書(2023年11月改訂 第4版)20. 取扱い上の注意
- ヒュミラ皮下注 添付文書(2026年7月改訂 第8版)20. 取扱い上の注意
- ヒュミラ皮下注 インタビューフォーム Ⅳ-6. 製剤の各種条件下における安定性
- 第十九改正日本薬局方 通則16(令和8年4月10日 厚生労働省告示第193号)
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