執筆:Nori(薬Talk編集長・薬剤師)/調剤薬局勤務26年。管理薬剤師を経て、現在はチェーン薬局の本社部門で店舗運営支援を担当しています。
「最低薬価を引き上げます」——そう聞いたとき、少し期待した人は多いと思います。
実際に上がった額は、錠剤1錠あたり40銭でした。
2年分で、40銭。
これを「上がった」と呼ぶのか、「据え置きに近い」と呼ぶのか。数字を並べて、判断できる材料を出します。感想ではなく、告示された金額と、中医協が了解した文書の記載で。
いくら上がったのか(全区分)
最低薬価は、「成分にかかわらず、剤形区分ごとに設定された薬価の下限値」です。これを下回らないように改定される、いわば床にあたります。
令和6年度と令和8年度の告示額を並べます。
その他の医薬品(局方品以外)
| 区分 | 令和6年度 | 令和8年度 | 差 |
|---|---|---|---|
| 錠剤・カプセル剤・丸剤 | 5.90円 | 6.30円 | +40銭 |
| 散剤・顆粒剤・末剤(1g) | 6.50円 | 6.90円 | +40銭 |
| 注射剤(100mL未満 1管/1瓶) | 59円 | 63円 | +4円 |
日本薬局方収載品
| 区分 | 令和6年度 | 令和8年度 | 差 |
|---|---|---|---|
| 錠剤・カプセル剤・丸剤 | 10.10円 | 10.80円 | +70銭 |
| 散剤・顆粒剤・末剤(1g) | 7.50円 | 8.00円 | +50銭 |
| 注射剤(100mL未満) | 97円 | 104円 | +7円 |
| 注射剤(100mL以上500mL未満) | 115円 | 123円 | +8円 |
| 注射剤(500mL以上) | 152円 | 162円 | +10円 |
| 坐剤(1個) | 20.30円 | 21.60円 | +1円30銭 |
| 点眼剤(5mL 1瓶) | 89.60円 | 94.80円 | +5円20銭 |
| 点眼・点鼻・点耳液(1mL) | 17.90円 | 19.10円 | +1円20銭 |
| 内用液剤・シロップ剤(小児以外/1日薬価) | 9.80円 | 10.50円 | +70銭 |
| 内用液剤・シロップ剤(小児/1mL) | 10.20円 | 10.90円 | +70銭 |
| 外用液剤(外皮用殺菌消毒剤/10mL) | 10.00円 | 10.70円 | +70銭 |
| 貼付剤(10cm×14cm以上 1枚) | 17.10円 | 18.20円 | +1円10銭 |
| 貼付剤(その他 1枚) | 12.30円 | 13.10円 | +80銭 |
率にすると、錠剤で約6.8〜6.9%。2年分です。
ここは正確に言っておきます。2年で約7%という数字だけを見れば、この間の物価上昇と比べて極端に低いとは言えません。
問題は率ではなく、構造のほうにあります。
引き上げが効くのは「床に張り付いた品目」だけ
最低薬価はあくまで下限値です。
薬価改定は原則として市場実勢価格加重平均値調整幅方式で行われ、実勢価が下がっていれば薬価は下がります。最低薬価が上がっても、まだ床に届いていない品目には何の影響もありません。むしろ下がり続けます。
つまりこの引き上げは、すでに限界まで下がりきった品目を、40銭だけ持ち上げる措置です。
そして、その40銭にも条件が付いています。
最低薬価について、引き上げる。ただし、令和7年度薬価調査結果において、前回の令和6年度薬価調査における最低薬価品目の平均乖離率を超えた乖離率であった品目は引き上げの対象外とする。
値引きして売られていた品目は、引き上げてもらえません。
理屈は分かります。実勢価が薬価を大きく下回っているなら、その薬価は高すぎるということだからです。しかし実勢価が下がる理由は、原価が下がったからとは限りません。流通上の力関係や、値引き交渉の結果でもあります。
不採算品再算定は「対象を絞る」方向に動いた
もうひとつの下支えが不採算品再算定です。原価割れしている品目の薬価を引き上げる仕組みで、供給不安対策の切り札とされてきました。
令和8年度の骨子は、要件を緩めた部分と、絞った部分の両方を持っています。
緩めた部分:「全ての類似薬について該当する場合に限る」という要件を削除し、該当する類似薬のシェアが5割以上であれば対象とする。
絞った部分:
不採算品再算定の適用については、医療上の必要性が特に高い品目を対象とする。具体的な対象品目は、次のいずれかを満たす品目を基本とする。
・基礎的医薬品とされたものと組成及び剤形区分が同一である品目
・重要供給確保医薬品に位置付けられている品目
・極めて長い使用経験があり供給不足による医療現場への影響が大きいと考えられるその他品目など、継続的な確保を特に要する薬剤であって、特定の企業からの供給が途絶えたときに代替供給を確保することが困難な品目
※その他品目は、昭和42年以前に収載された医薬品
あわせて、「組成・剤形区分・規格が同一である全ての類似薬の乖離率の平均が、全既収載品の平均乖離率を超える品目は対象外」という除外も入りました。
「不採算だから救う」から「不採算かつ、なくなると困るから救う」への転換です。
財源が限られる以上、優先順位をつけるのは合理的です。ただし裏を返せば、「なくなっても代替がある品目」は、不採算のまま放置され得るということでもあります。
薬局の実感で言えば、供給不安で困るのは大型品よりも「代替はあるが、その患者にはこれでないと困る」品目です。この線引きが現場感覚と一致するかは、これから見えてきます。
長期収載品は、下げ方が一段強くなった
下支えの話と並行して、引き下げの側は明確に強化されています。
後発品への置換え期間については後発品上市後5年とし、5年を経過した長期収載品の薬価については、後発品置換率によらずG1を適用し、後発品の加重平均薬価を基準として段階的に引き下げることとする。Z2、G2は廃止する。
さらに——
引下げの下限及び円滑実施措置については、廃止することとしてはどうか。ただし、令和8年度薬価制度改革における長期収載品の薬価の更なる適正化では、大きな制度変更を行うことから、令和8年度薬価改定に限り、適用することとする。
「引下げの下限」と「円滑実施措置」——急激な引き下げを和らげる2つの緩衝材が、今回限りで終わります。
加えてバイオシミラーが収載されているバイオ先行品にもG1が適用されることになりました。
方向性ははっきりしています。「長期収載品に依存するビジネスモデルからの脱却を促進する」——骨子にそう書かれています。
「調整幅」の議論は、また先送りになった
薬局・卸にとって最も直接的に効くのが調整幅(2%)です。「薬剤流通の安定のため」に設定されている、薬価と実勢価の差を吸収する幅です。
骨子の記述は、これだけです。
「薬剤流通の安定のため」に設定されている調整幅の在り方について、物価の高騰等の状況も踏まえながら、次期薬価制度改革において、引き続き検討することとする。
「物価の高騰等の状況も踏まえながら」と書きつつ、結論は次回送り。
調整幅は昭和期の15%から段階的に縮小され、平成12年(2000年)以降は2%で固定されています。物流費も人件費も上がった26年間、この2%は動いていません。
販売包装単位の適正化も同様に、「関係団体における対応状況を注視し、次期薬価制度改革において、薬価上の対応の必要性を検討する」とされました。こちらも先送りです。
令和9年度も薬価改定はある
いわゆる中間年改定です。骨子の最後にこう書かれています。
「大臣折衝事項」(令和7年12月24日厚生労働省)に基づき、令和9年度薬価改定を着実に実施することとする。
「着実に実施する」。実施するかどうかではなく、実施を前提に、対象品目の範囲とルールを検討するという書き方です。
薬局にとっての意味は明確です。薬価が下がる機会は毎年ある。在庫評価損も毎年発生する。40銭の引き上げは、その中の一点にすぎません。
海外メーカーが日本を後回しにする理由が、骨子に書かれている
ここが今回最も注目すべき記述だと思います。厚生労働省の文書に、これがはっきり書かれました。
米国の最恵国待遇(MFN)価格政策に関し、日本の薬価が米国の価格に波及する可能性を懸念し、製薬企業が日本への新薬導入に慎重になることでドラッグ・ロス等となるリスクがあるとの意見があることを踏まえ、ドラッグ・ロスの解消、我が国の創薬力を強化する観点等から、機動的な対応ができるよう、革新的新薬の薬価の在り方については引き続き検討することとする。
構造を整理します。
- 米国が「他国より高い価格では買わない」という方針(最恵国待遇価格)を採る
- すると、日本で安い価格を付けることが、米国での価格を引き下げる材料になり得る
- 企業から見れば、日本に安く出すこと自体が世界戦略上のリスクになる
- 結果、日本への導入を後回しにする、あるいは導入しない
これは「日本の薬価が安いから来ない」より一段深刻な話です。
従来のドラッグ・ロスは「市場が小さい・薬価が安い・治験の壁が高い」という日本側の事情でした。今回の懸念は「日本で安く売ると、他の市場が壊れる」という話です。日本の薬価そのものが、企業にとって避けるべきものになりかねない。
この記述が、政府文書に「意見があることを踏まえ」という形で入ったこと自体が、事態の重さを示しています。
ただし対応は「引き続き検討する」。ここも結論は出ていません。
で、薬局はどうなるのか
ここまでを薬局の目線に翻訳します。
| 起きること | 薬局への影響 |
|---|---|
| 毎年の薬価改定 | 在庫評価損が毎年発生する。期末在庫を絞る動機が強まる |
| 調整幅2%の据え置き | 薬価差益は構造的に縮む。ここで利益を出す前提が成り立たなくなる |
| 長期収載品の急な引き下げ | 先発品の在庫を厚く持つほど評価損が大きくなる |
| 不採算品再算定の対象限定 | 供給不安は特定領域で続く。分譲・患者案内の体制が引き続き必要 |
| ドラッグ・ロス | 「日本にはその薬がない」と説明する場面が増える |
結論を一言で言えば——薬(モノ)で利益を出す構造は、制度として終わりに向かっています。
これは悲観ではなく、設計思想です。令和8年度の調剤報酬改定が対物業務から対人業務への配分を進めたことと、完全に同じ方向を向いています。薬価で稼がせない代わりに、対人業務で評価する——制度は一貫しています。
問題は、対人業務の評価が、失われる薬価差に見合っているかです。それは薬局ごとに違いますし、正直に言えば、多くの薬局で見合っていないと思います。
メーカー・卸はどうか
骨子から読み取れる範囲で整理します。これは業界統計ではなく、制度文書からの推論です。
- 後発品メーカー:最低薬価の40銭引き上げは、原価上昇に対しては小さい。価格帯集約の見直しで注射薬・バイオシミラーには一部配慮が入ったが、内用の固形製剤への直接の手当ては限定的
- 長期収載品を抱える先発メーカー:G1一本化と緩衝措置の廃止で、引き下げのスピードが上がる。骨子が明示的に「脱却を促進する」と書いている以上、これは意図された結果
- 卸:調整幅2%が据え置かれたまま、物流費・人件費は上がる。骨子は「物価の高騰等の状況も踏まえながら」と書いたが、判断は次期改革へ
- 外資系メーカー:MFN価格政策の波及リスクという、価格水準とは別次元の理由が加わった
共通しているのは、「下支えは限定的に、引き下げは着実に」という非対称です。
薬局が今できること
- ◻️ 期末在庫を圧縮するルールを決めた(毎年改定=毎年評価損)
- ◻️ 長期収載品の在庫を厚く持っていないか点検した
- ◻️ 薬価差に依存した収支計画になっていないか確認した
- ◻️ 対人業務の加算で取り漏らしがないか点検した
- ◻️ 分譲・患者案内の体制(様式4-1/4-2)を整えた
- ◻️ 供給不安品目の代替提案を事前に用意している
- ◻️ 「日本ではまだ使えない薬」を聞かれたときの説明を用意している
まとめ
- 最低薬価の引き上げ幅は、錠剤でその他の医薬品+40銭/局方品+70銭(2年分、約6.8〜6.9%)
- 引き上げが効くのは床に張り付いた品目だけ。しかも乖離率が大きかった品目は対象外
- 不採算品再算定は「医療上の必要性が特に高い品目」に対象を限定する方向へ
- 長期収載品は後発品上市後5年でG1一本化。Z2・G2は廃止。緩衝措置は令和8年度限り
- 調整幅2%の見直しは先送り(「物価の高騰等の状況も踏まえながら、次期改革において検討」)
- 令和9年度薬価改定は「着実に実施」と明記
- 骨子は米国のMFN価格政策が日本へのドラッグ・ロスを招くリスクに言及した。対応は「引き続き検討」
- 薬局にとっては「モノで稼ぐ構造の終了」が制度として進行中。対人業務がそれに見合うかは別問題
あわせて読みたい
- 後発医薬品調剤体制加算が撤廃|85%要件は地域支援・医薬品供給対応体制加算へ
- 医薬品供給不足時の患者紹介・分譲実績(地域支援・医薬品供給対応体制加算1の施設基準)
- 調剤基本料の物価等対応料 ~2026年度調剤報酬改定~ をやさしく解説
- 後発医薬品の1社供給 ~供給不安が起きる構造~
出典
- 中央社会保険医療協議会「令和8年度薬価制度改革の骨子」(令和7年12月26日 中医協了解)
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001633475.pdf - 厚生労働省保険局長「薬価算定の基準について」(保発0213第3号 令和8年2月13日)別表9 最低薬価
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001667916.pdf - 厚生労働省保険局医療課「令和6年度薬価制度改革について」(令和6年3月5日版)最低薬価
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001238906.pdf
※ 金額は告示された最低薬価です。個別品目の薬価は市場実勢価格等により決まります。第9章の業界動向は制度文書からの推論であり、各社の財務状況を示すものではありません。記載は2026年8月時点の情報に基づきます。
