執筆:Nori(薬Talk編集長・薬剤師)/調剤薬局勤務26年。管理薬剤師を経て、現在はチェーン薬局の本社部門で店舗運営支援を担当しています。
※ 本記事は2026年8月時点の厚生労働省公表資料に基づきます。指針の詳細は今後補足される可能性があります。
令和8年10月1日から、カスタマーハラスメント対策が事業主の義務になります。
改正労働施策総合推進法によるもので、労働者を1人でも雇用するすべての事業主が対象です。中小企業も個人事業主も含まれ、経過措置はありません。薬局は当然に対象です。
施行まで2か月を切りました。「うちは大きな法人じゃないから」は通用しません。何を用意すればいいのかを整理します。
1. 何が「カスハラ」にあたるのか
厚生労働省は、職場におけるカスタマーハラスメントを次の3要素すべてを満たすものと定義しています。
| ① | 顧客等の言動であって |
|---|---|
| ② | その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより |
| ③ | 労働者の就業環境が害されるもの |
3つが揃って初めてカスハラです。クレームがすべてカスハラになるわけではありません。正当な指摘は、たとえ厳しい口調でも②を満たさない可能性があります。ここを混同すると、必要な意見まで遮断してしまいます。
なお電話やSNS等のインターネット上で行われるものも含まれます。窓口だけの話ではありません。
「顧客等」の範囲は広い
顧客等とは、顧客、取引の相手方、施設(駅、空港、病院、学校、福祉施設、公共施設等)の利用者、その他その事業に関係を有する者を指します。
「今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある者」も含まれます。患者さんだけでなく、そのご家族、卸の担当者、近隣の医療機関の関係者——薬局に関わるあらゆる相手が対象になり得ます。
2. 「社会通念上許容される範囲を超えた言動」の例
厚労省の資料では、2つの軸で例示されています。
言動の内容が範囲を超えるもの
- そもそも要求に理由がない、又は商品・サービス等と全く関係のない要求
- 契約等により想定しているサービスを著しく超える要求
- 対応が著しく困難な、又は対応が不可能な要求
- 不当な損害賠償要求
手段や態様が範囲を超えるもの
- 身体的な攻撃(暴行、傷害等)
- 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)
- 威圧的な言動
- 継続的、執拗な言動
- 拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)
薬局の現場に引き直すと、思い当たる場面があるはずです。
- 在庫がない薬について「今すぐ出せ」と繰り返し要求される(対応が不可能な要求+執拗な言動)
- 処方内容への不満を薬局にぶつけ、長時間カウンターに留まる(居座り)
- ジェネリックへの変更や後発品の供給状況について、暴言を伴って詰められる
- 待ち時間について、他の患者さんの前で人格を否定する言葉を投げられる
これまで「そういうこともある」で流してきた場面が、制度上は事業主が対処すべき事柄になりました。
3. 必ず講じなければならない10の措置
厚労省が示す措置は、5つのまとまりで計10項目です。「必ず講じなければならない」と明記されています。
◆ 方針の明確化と周知・啓発
- ① カスハラには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発する
- ② カスハラの内容およびあらかじめ定めた対処の内容を労働者に周知する
②の「対処の内容」として、厚労省は次を例示しています。ここがそのまま手順書の骨子になります。
- 管理監督者にその場の対応の方針について指示を仰ぐ
- 可能な限り労働者を一人で対応させない
- 犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する
- 本社・本部等へ情報共有を行い指示を仰ぐ
◆ 相談体制の整備
- ③ 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知する
- ④ 相談窓口担当者が適切に対応できるようにする
◆ 事後の迅速かつ適切な対応
- ⑤ 事実関係を迅速かつ正確に確認する
- ⑥ 被害者に対する配慮のための措置を行う
- ⑦ 再発防止に向けた措置を講ずる
◆ 抑止のための措置
- ⑧ 特に悪質と考えられるカスハラへの対処の方針をあらかじめ定め、労働者に周知し、当該対処を行うことができる体制を整備する
◆ 併せて講ずべき措置
- ⑨ 相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知する
- ⑩ 相談したこと等を理由として不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発する
4. 薬局で具体的に何を用意するか
10項目を薬局の実務に落とすと、用意するものは大きく3つです。
(1) 方針の文書
「カスハラには毅然と対応し、スタッフを守る」という会社としての姿勢を文書にする。①に対応します。
これは形式的な話ではありません。現場が「守ってもらえる」と信じられるかどうかが、対応の質を決めます。方針がないと、スタッフは自分の判断で耐えるしかなくなります。
(2) 対応手順書
②⑧に対応します。厚労省の例示を骨子に、薬局の実情を足します。
- どの段階で管理薬剤師を呼ぶか(判断基準を決めておく)
- 一人で対応させないための動き方(誰がどう入るか)
- 別室・バックヤードへの誘導の判断(他の患者さんへの影響も考える)
- 警察へ通報する基準(暴行、脅迫、不退去など)
- 本部への報告ルートと、報告に使う様式
- 録音・記録の取り扱い
とくに「警察へ通報する基準」を先に決めておくことを勧めます。その場で判断させると、ほぼ通報できません。「不退去を求めて応じない場合は通報する」といった線を、あらかじめ引いておく必要があります。
(3) 相談窓口
③④⑨⑩に対応します。窓口を決め、担当者を決め、相談してもプライバシーが守られ、不利益を受けないことを明文化して周知します。
小規模な薬局では「社長に言うしかない」状態になりがちです。それでも誰に言えばいいかを明示することが要件です。外部の相談窓口を併用する選択肢もあります。
5. 対策を「やりすぎない」ための注意
厚労省の資料には、見落とせない注記があります。
対策を講ずる際には、消費者の権利や、障害者差別解消法における、障害を理由とする不当な差別的取扱いの禁止や合理的配慮の提供義務に留意する必要がある
ここは薬局にとって特に重要です。
薬局には、説明の理解に時間がかかる方、繰り返し確認が必要な方、大きな声になってしまう方が来られます。それが障害や疾患に起因する場合、カスハラとして扱うのは誤りです。むしろ合理的配慮を提供する義務があります。
「何度も同じことを聞かれる」「声が大きい」——これだけでカスハラと判断してはいけません。要求の内容が不当か、手段が社会通念を超えているかで判断します。
手順書を作るときは、この線引きを必ず書き込んでください。書かないと、現場が萎縮するか、逆に配慮すべき方を排除するかのどちらかに振れます。
6. 自社スタッフが加害者になった場合
もう1つ注記があります。
自社の労働者が取引先等の他社の労働者に対してカスタマーハラスメントを行った場合、その取引先等の事業主から事実確認等の措置の実施に関して必要な協力を求められた際は、これに応じるよう努めなければならない
薬局で言えば、卸の担当者やメーカーのMRに対する言動です。「急配を断られて声を荒げる」「在庫を確保しろと執拗に迫る」——立場が逆になれば、こちらが加害者側になります。
供給不安が続く状況では、卸への要求が強くなりがちです。研修では、受ける側の話だけでなく、この点も扱う必要があります。
7. 10月1日までのチェックリスト
- ◻️ カスハラに毅然と対応しスタッフを守る方針を文書にした
- ◻️ その方針を全スタッフに周知した
- ◻️ 対応手順書を作成した(管理者を呼ぶ基準/一人で対応させない/警察通報の基準/本部報告)
- ◻️ 手順書に障害を理由とする差別的取扱いの禁止と合理的配慮の記載を入れた
- ◻️ 相談窓口を定め、担当者を決めた
- ◻️ 相談窓口を全スタッフに周知した
- ◻️ プライバシー保護と不利益取扱いの禁止を定めて周知した
- ◻️ 特に悪質な事案への対処方針を定め、実行できる体制を整えた
- ◻️ 自社スタッフが加害者にならないための注意を研修に含めた
- ◻️ 事案発生時の記録様式を用意した
まとめ
- カスハラ対策は令和8年10月1日から事業主の義務。労働者を1人でも雇えば対象で、経過措置なし
- カスハラは3要素すべてを満たすもの。クレームがすべてカスハラではない
- 電話・SNSも含まれる。「顧客等」の範囲は卸や取引先まで及ぶ
- 必ず講じる措置は10項目。方針・手順書・相談窓口の3点セットが核
- 警察通報の基準は事前に決める。その場では判断できない
- 障害を理由とする差別的取扱いの禁止と合理的配慮に留意する。薬局では特に重要
- 自社スタッフが卸等に対して加害者になる場合も想定されている
このシリーズについて
本記事は薬局の接遇シリーズの第1回です。制度が変わる以上、まず枠組みから押さえました。
次回以降は、現場の具体的な場面を扱います。マイナ保険証の提示をお願いしたときに強い反応が返ってきた場合の声がけ、待ち時間への苦情、後発品の変更や供給不足の説明——いずれも、手順書だけでは解決しない部分です。
出典
- 厚生労働省「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます! カスタマーハラスメント対策の義務化【改正労働施策総合推進法・指針の内容】」
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662576.pdf
※ 具体的な対応や体制整備についてのご相談は、お近くの都道府県労働局 雇用環境・均等部(室)へ。受付時間8時30分〜17時15分(土日祝・年末年始を除く)。
